「人は環境によって変わる。」施設で迎える最期から大家族に囲まれて生きた最期

最期の1%まで幸せに生きる【 連載 第4回 】

祖母の施設入所

「デイサービスひなたぼっこさと」を立ち上げた理由の一つに、祖母の介護があります。母方の祖母で、5人の子どもがいました。祖父が亡くなった後も、1人で自宅で元気に生活できていました。

しかし、足の骨折を機に動きが悪くなって一人暮らしが難しくなり、子どもたちも介護をすることは難しいと判断して施設に入所しました。高齢者の場合は、特に骨折だけで、いろいろな機能不全が起こることを改めて感じました。

祖母は、その当時できたばかりの綺麗で立派な特別養護老人ホームに入りました。子どもたちは施設が立派なら、介護の内容も素晴らしいと当たり前のように思っていました。これは、介護あるあるです。人は見た目に惑わされることが多いです。

これは、仕方のない心理ですが…
「施設の立派さ=介護の質」ではないことはプロとしてお伝えしたいです。

施設で最期を迎えることに疑問を感じた祖母の変化

入所前まで笑顔があった祖母が、徐々に笑顔を失いました。綺麗な個室で朝から夕方まで窓の方を向いて車椅子に座っていました。

ある日、私が施設に行った時、「いつも、おばあちゃんは窓の方を向いてずっと座っているけど…どうしてですか?」と介護士さんに質問しました。すると、とっさに、「外の景色を見てもらっています」と言われました。

「なるほど…」と思い、祖母の目線に合わせて座って見ると…バルコニーの塀しか見えませんでした。愕然としました。

毎日くる日もくる日も塀に体を向け、おまけにオムツになり、褥瘡(同じ姿勢をとることで体のある部分が長時間圧迫されて起こる潰瘍)がお尻にできていました。

たった1カ月で顔は能面のようになり、言葉は出なくなり、ますます動けなくなりました。そして、褥瘡はひどくなる状態。「祖母の人生の最期がここでよいのか?」私は疑問でなりませんでした。

物のない時代に5人の子どもたちを育て、苦労してきた祖母が笑顔や声を失った。母と話し合い、祖母を引き取り、私の進めているひなたぼっこさとのデイサービスで介護することを提案し承諾を得ました。

母もかなりの決断だったと思います。
兄弟で話し合い、決心して施設に入所してたったの2カ月で退所することとなりました。

大家族に囲まれて生きた最期の日々

その後、母の自宅で大家族(娘夫婦、孫夫婦、ひ孫3人)の中に身を置いた祖母は、あっと言う間に笑顔を取り戻し、声を上げて笑い、冗談まで言うようになりました。

毎日、昼間は私の働くデイサービスに通い、刺激を受け、笑顔に溢れていました。認知症こそ治りませんでしたが、褥瘡は完全に治り、祖母は最期まで幸せに生きることができました。

祖母が亡くなった日の母の言葉が大変印象的でした。

「私はなんの悔いもない。おばあちゃんも喜んでくれていると思うよ。でも、あの施設に入れたまま逝かせていたら、すごく後悔をしていた。だから、本当に施設から出してよかった。後悔なく介護ができた」と。

この言葉を聞いて私は、当事者が人生の最期の1%を幸せに生きることも大切だが、その人を取り巻く家族や親族も幸せなのが一番だと確信しました。

 皆さんは最期の1%を幸せに迎え、周りの人も幸せに出来ますか?