廃業寸前から一転!「自社の強み」を洗い出し、唯一無二の町工場へ 愛知県豊川市・山本製作所(後編)

金属加工業を営む愛知県豊川市の山本製作所。先代である父が急死後、3代目として就任し取引先はたった1社に激減。「自社の強み」を洗い出し、会社を立て直す中で企業理念に共感し若手社員が入社。納品時に発揮する営業術や企業理念の大切さについて代表取締役・田中倫子(ともこ)さんに話を聞きました。

看護師を辞め、廃業寸前の会社を継いだ経緯、中小企業の生き残り戦略については【前編】をチェック!

―営業を増やすことはせずとも、受注や問い合わせは増えていきましたか?

私が就任した時の取引先は1社だけでしたが、今は150社程度。あと、うちの理念に賛同し中途入社した社員・牧野を指名して仕事が入ってくるようになりました。

理念に共感し入社した製造部・牧野智紀(としのり)さん。現場だけでなく、社内の広報も担っている

―製造業で、指名で仕事が来ることがあるんですか!?

ほぼありえないですね。ただ彼に任せれば、納期が遅れないですし、案件の先までリスニングするので、お客様が喜んでくれます。本来、製造業では図面通りに作るのが正解で、そこから少しでもズレたらクレーム案件に。しかし、彼はリスニングから「図面通りだったら最終的にどうなるか」を考え、お客様に「こう変更しては?」と提案するんですよ。図面の先の段階やどんな加工だと現場が助かるのかは、外回りをしている営業さんには分からない。技術者だからこそ分かるノウハウを伝えているんです。

―牧野さんは、製造現場の仕事以外も担当しているのですか?

現場も営業もやります。「納品までが製造」という考えで、配送も自分でやるんですよ。それは彼が入社時に希望したことです。

その中で「納品が一番の営業」とよく話しています。取引先に「営業に行く」と戸を叩いて取れる仕事は一つもないと。納品する時に「ありがとう」と言ってもらえて、そこでの「余談」が次の仕事につながるのだと。

また、納品時は「取引先がどんな視点で商品を見ているのか」が分かる利点も。例えば、ぐしゃぐしゃと雑に箱を開けたら梱包は重要視しなくていい、など。仕事効率を上げるために省けるものは省きたいので、どこに目がいくのか、何を気にしないのか、と観察しているそうです。

―なるほど。納品時の営業活動や生産性を上げるための観察。それは、他の業種でもできることですね。

そうですよね。私もその話を聞いてからは、なるべく自分で配送して、納品を営業につなげながら取引先を増やしました。

他社からオファーが殺到するほどの人材が「理念」に共感して入社

代表取締役の田中倫子(ともこ)さん

―製造業に限らず、中小企業の課題の一つに「人手不足」があります。牧野さんのような、技術の高い経験者が入社された経緯を教えてください。

既存社員の知り合いとして出会いました。当時、彼は大きな企業の課長を務めていたのですが規模が大きくなりすぎて、彼が一番大事にしたい「ユーザーの声」が届かなくなってしまったとフラストレーションを抱えていたそうです。元々は小規模でお客様とキャッチボールができたのに、今は現場にすら通されず、誰に届いて、何を作っているのか分からない状況に悩んでいたのだとか。それを聞きつけてか、技術があり有能な彼に対して他社からオファーが殺到。私は技術者じゃないので、彼のすごさをその時は分かりませんでした。

その後、彼と話す機会があって、私が何気なく自社理念「温もりあるモノ作り」への思いを伝えたんです。すると「今時、そういう会社が世の中にあるんだ」と驚かれて。ダメ元で「……うちに来ます?」と言ってみたら、少し考えて3つの条件を提示されました。

「一つは、製造から納品まで自分でやらせてくれること。二つ目は、自分の能力を発揮して貢献したいから使い慣れた機械を1台買ってほしい。あとは、フレックスで働かせてほしい」と。それらが叶うなら最低賃金でも転職したいと言ってくれたんです。機械の費用700万も銀行で融資してもらえることになり、条件は全て叶えられると伝えたら、すぐ辞めてうちに来てくれたんです。

―理念の共感から優秀な人材が集まることは、中小企業の製造業でもあるのですね。

彼が入社したことがうちの転機でした。牧野のように理念を持って主導的に動ける人が現場にいないと、私が経営者として出歩けないと思っていたので。入社後も思いを持って仕事してくれているので、彼に託して本当によかったです。

―従業員全体にも、会社の理念は浸透しているのでしょうか。

それを強く感じたのは、大阪に台風被害があった時です。18時にハウスメーカーから「コンテナハウスを建てるためのジョイント1,000本、大阪で翌朝から使いたい」と連絡が。しかし、国の仕事で価格が決まっており、とんでもなく安かった。大きな機械で動かしたら確実に赤字。ただ、うちは創業時から現役の小さな機械があり、それを動かせば何とかなる。でも、こんな急案件で社員を働かせていいのかと悩みました。

しかも、利益率の良いルーティン案件も入っていた。私の経営判断として大阪の仕事は断るつもりで、一応社員に話したんです。すると社員に「理念はどうした」と言われて。「ルーティンの仕事はいつかまた来る。でも、この赤字レベルの仕事は他の会社はどこもやらないはず。それで困るのは被害にあった人たち。だから、私たちがこれをやらないと」と。

「迷ったときは理念で考える」と社員に伝えていたことがちゃんと浸透していて、逆に私が学ばされました。私も経営者として、人間味に立ち還ることを忘れる瞬間があるのだと痛感。結局、利益率の良い案件を断り、従業員総出でコンテナハウスの仕事を受け、翌日は臨時休業にしました。笑 

コロナ禍で打撃を受けるも、新たな機転でV字回復

先代から受け継ぐ「真鍮加工業」を生かした新製品「しっぽ貸し手」と「しっぽ使っ手」

―取引先がたった1社で廃業寸前だった経営状況は、右肩上がりになっているのでしょうか?

そんなに甘くはない部分もありますが、売り上げは上がっています。コロナの影響で一時的にガクンと落ちましたが、自社の強みである真鍮(しんちゅう)加工を生かして誕生した「マスクアイテム」のおかげで一気に上向きました。

―ネコをモチーフとした真鍮素材の卓上マスク置き「しっぽ使っ手」とマスクホルダー「しっぽ貸し手」がコロナ禍で大ヒット! 注文が殺到して、3カ月待ちになったのだとか。

1日の生産量に限りがあるため、一時的に発送をお待たせするほど注文をいただきました。この商品が生まれたきっかけは、同僚だった看護師の「マスクの保管場所に困っている」という声。コロナ禍の最前線で働く仲間たちを助けたかったんです。 どんな形にしようか悩んでいたとき、会社に1匹の野良猫が現れるようになり、かわいがっているうちに猫のしっぽから商品の形状をひらめきました。手で曲げて作られる独特なしっぽのフォルムがこだわりです。お客様からたくさん声が寄せられていて、マスク用だけではなく電車の吊り革での利用やATMのタッチレスツール、結婚式場の卓上カードホルダーとしても使われています。

―最後に、OHACO読者や中小企業の経営者に向けてのメッセージをお願いします。

私は、中小企業が1社でも多く生き残ってほしいんです。中小企業同士が戦ってつぶし合うなんて、そんな悲しいことはない。それに大手は下請けに仕事を依頼するので、中小企業の母体数が減るのは業界全体にとっても危惧すべきことです。

今回話したことの中に、山本製作所でしかできないことはひとつもないので、OHACOを読んで「うちでもできる」と思ってもらえたらぜひ取り入れてもらいたいです。

そして、毎週金曜の夜は「金属の日」として工場を開放しています。製造業を身近に感じてほしくて、業種問わず様々な人が出入りしてくれています。一緒に物を作る人や会社見学だけの人もいますし、全く知らない人がバイクをひいて「この部品を作れますか?」なんてケースも。敷居なんてないですし、うちは技術を隠すこともありません。むしろ良い技術なら取り入れてほしいし、ダメな所があるなら直すので教えてほしい。みんなでもっと良くなりたいし、そのためには不要な「扉」は全て排除しようと思っています。

コロナ禍で大変な時期なので、OHACOを読んでがんばろうと思ってくれる人がいたらうれしいです。

今回の取材先

山本製作所 有限会社
所在地:愛知県豊川市宿町野川1丁目25
TEL:0533-72-2420
設立:1975年5月30日
業種:金属加工業
従業員数:7名
URL: https://yss-brand.jp
(取材・文:笹田理恵 / 撮影:平山陽子 / 編集:OHACO編集部)