最期の1%まで幸せに生きる【 連載 No.13】
私の弟は36歳の若さでくも膜下出血で急逝した。
日本料理店を営み、腕の良い料理人でした。12月30日沢山のおせち料理の注文を受けて、喜んで貰える料理を時間をかけて作っていました。
しかし、急な体調変化があったのでしょう。
妹と5人の子ども達が店に行った時には、既に、弟は倒れて、火事になりそうな状況だった様です。
その状況はきっと妹や子ども達にとって想像を絶する衝撃的なものだったと思います。
私自身もこの時、出先で知らされ、あまりのショックにどこをどうやって帰ってきたのか?
全く覚えていませんでした。今、思い出しても涙が出ます。
それを目の当たりにした家族の記憶は想像もつかぬ辛いものだったと思います。
子どもは10歳、8歳、7歳、5歳、3歳だった。
訳もわからず…泣きじゃくる子ども達、泣いても叫んでも返事のない弟。
妹の途方の暮れようは私がいくら寄り添っても計り知れません。
急に妹は5人の子どもを一人で育てる事になりました。
大黒柱をなくして、経済的にも大変だったと思います。
弟はまさかこんなに早く自分がこの世を突然去るとは考えた事もなかったでしょう。
あれから、15年が経ち今、5人の子ども達は立派に育ち、独立した生活をしている。
最近、何度かそれぞれの子ども達と会う機会があった。
お父さんの話しになると涙する子ども達、父への思いが溢れます。
弟は子ども達に何て声をかけてあげたかっただろう。
最期の言葉を残す事なく逝ってしまったので、子ども達は父の思いを知りたいと思う。
弟がエンディングノートを残していたら、妹と5人の子ども達に思いを残していたでしょう。
妹(妻)には、これから、子育てが一段落したら、旅行に行ったり…今までの苦労を労い楽させるね。
長女には、一人娘で初めての子だった。可愛くて仕方なかった。自分の好きな事を探して幸せな人生過ごして欲しい。幸せになれ。
長男には、優しくて涙もろい、しかし、きっと長男としてお母さんや姉弟を大切にして行ってくれるだろう。頼むぞ。
次男には、思いやりがあり、お父さんの後を継ぎたいと思ってくれて嬉しかった。自分の生きる道をしっかりと踏み締めて歩んで欲しい。お前ならできる。
三男には、手先が器用で集中すると夢中になれる。自分の好きで楽しめる事を見つけて進んで欲しい。
がんばれ。
四男には、末っ子でムードメーカー、話し好き。人を楽しませる事が大好き、自分の良さを発揮して欲しい。大志を抱け。
こんな風に言っていた様に思います。
言葉を残すことは、とても大切で、生きる勇気になると思います。
若くてもエンディングノートが必要だと思った理由の一つがここにある。
私は今、大切な家族一人一人にエンディングノートに言葉を書き残し、今の思いを綴っている。
何があるか分からない、恐れるのではなく、いつか絶対に来る日の準備だと思う。大切している事は、人それぞれ違いますが、残された人が勇気を持って生きて行ってもらう鍵になると感じています。
逆算して生きる事が最期の1%を幸せにする事だと弟の死を通じて思いました。
ある日の夜、私は弟の夢を見た。
『理恵ちゃん、ゆきこの事を頼みます。』と。
実際に弟がそこに居た気がしました。
夢ではなかった…
有限会社ひなたぼっこさと 代表取締役
看護師として総合病院勤務。訪問看護などを経て17年前に起業。デイサービス・有料老人ホーム・保育園を経営する。
【有限会社ひなたぼっこさと】
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