大型量販店やネット通販、そしてライフスタイルの変化により業態変化を余儀なくされ続けた寝具専門店。
1日の3分の1を過ごす布団は、私たちの健康に欠かせないものであるものの、選択肢は増え続けています。
その中で「眠りのプロショップ」として一人一人にあった最適寝具の提案やメンテナンスなど地域密着の専門店ならでは信頼関係を作る夢幸望ハヤカワ。
自社開発商品やサブスクリプションサービスなど新しい取り組みにも果敢に挑戦する姿勢についてお聞きしました。
代表取締役社長 早川義則
1953年、先代社長の父親が岐阜県八百津町で布団店を創業。美濃加茂市に店舗を移した後は、ギフトショップを併設し、大手寝具メーカーの加盟店になるなど全盛期は売上2億円を達成した。その中で「体に良いものしか売らない」を信念に掲げ、業態を変化させ続け、現在では自社で開発した東濃ヒノキを使ったベッドがヒットしている。
― まず、街に寝具専門店が少なくなってしまった背景を教えてください。
昭和30年代までは布団は買う物ではなくて家庭で作る物でした。布団店は、夏は打ち直しで忙しく、約2,000世帯に 1 店はあったほど。
約30店舗あった美濃加茂市でも、今ではうち 1 店舗だけなりました。
ただし、布団専門店は減少したけれど、布団「も」売っている店は当時の倍はあるはず。
― 布団がどこでも買えるようになった時代で、専門店だからできることは何でしょうか?
お客様の寝方に応じた最適な寝具を数ある中から勧められること。布団は洋服とは違って最低でも10年使う物で、何度も買うわけではないから学習ができない。
だから、毎度お客様には「誰が使うの?」と聞きます。
80歳のおばあちゃんが使うのか、客用布団なのかでご紹介できる商品や価格は全く異なります。
― 睡眠導入時に仰向けで寝るか、横向きで寝るかでも最適な寝具が違うんですよね。
そう、昔は人間が布団に骨格を合わせていた。
今の敷き布団は個々の体や骨格に布団が合ってくる。
布団は体温を守るものだけではなく、物理的になってきています。
― 寝具業界全体として、ネット通販の影響は大きいでしょうか?
インターネットによってビジネスモデルと価格の崩壊が起こった。
今までは地域の布団店がそれぞれに活躍できたのに、ネット上だと価格を安く出し抜けた店舗が一人勝ちしてしまう。
そんな時代だからこそ、自分の価値観が共有できる人たちと集まろうと「まちの、いえ」協同組合を立ち上げました。
そこでは布団のサブスクリプションなどのシェアマーケットの拡大や専門店の目線で本当に良いオリジナル商品を安く買ってもらう提案をしています。
― それらは、個人店だけでは出来ない働き掛けなのでしょうか。
やはりロットもあるから、うちの店の規模だけでは無理でしたね。
「寝られればいい」ではなく、できるだけ安く、
良いものを貸してあげたい。
― 布団のサブスクリプションの仕組みを教えてください。
サブスクリプションの商品を仕入れると、いつ元が取れるか分からない。
うちは自社でメンテナンスできる強みがあるので、貸し出す布団を借りて、さらにそこから介護施設や福祉施設、温泉旅館に貸し出しをしています。
「寝られればいい」ではなく、できるだけ安く、良いものを貸してあげたい。
例えば、布団のリース価格のままでもサブスクにすれば5倍くらい良い布団が使える。
下呂温泉の旅館では、新品で買うと1枚6万円の布団を1カ月450円で貸しています。寝心地が良さでお客様からの評判が良く、稼働率も上がっています。
― 自社ならではの取り組みとしては、店舗内に羽毛布団専用のクリーニング工場を構えられました。
量販店や通販に対抗できるのは、「王道」の羽毛布団。
実は、羽毛布団の原料は80年使えるのに使いっぱなしだと10年~20年で使えなくなる。
汚れた羽毛布団を洗うサービスが必要だと思い、2019年に羽毛布団専用のクリーニング工場を作りました。
それで新規のお客様が一気に増えましたね。
― 羽毛布団を洗わないといけないことを知らない人が多い気がします。
洗う目安は、20代だと毎年、40代で3年に1回、60代で5年に1回。
外側のシミや汚れを取り、中身を洗って保温力を上げます。
― 新たに導入したサービスで顧客獲得は難しくなかったですか?
元々、年間100枚程度は布団のクリーニングの取り次ぎをしていましたが、出来上がりに満足しなかったので、自社で始める決断をしました。新規のお客様が増えて売り上げも順調に伸び、クリーニング初年度は年間1,000枚の羽毛布団を洗いました。
情報発信は主にチラシですね。季節に応じた布団や睡眠の情報を掲載した『快眠通信』を季刊で出しています。情報誌のつもりでチラシを作っているからか、手元に取っておいてくださるお客様が多いですね。
時代や人に環境適応するビジネス
― 細かく世の中の流れを見て、ビジネスモデルを変えていらっしゃいます。見極めるコツはありますか?
ビジネスは「環境適応業」だと思っています。
3年先、10年先を見通すべき。
自分の業界をちょっと違う視点で見ないと真実が分からなくなります。
―「ちょっと違う視点」というのは?
第三者から自分の業界を見渡す、ということですね。
世界から見た日本の立ち位置も考えると、日本人の考え方や消費行動の傾向が分かってくる。
“絶滅危惧種”だからこそ問屋のノウハウを
異業種に教えるだけで人の役に立てる
― 3年先の展望を聞かせてください。
いろいろあるけど、一つは東京都内の新聞販売店で羽毛布団のクリーニングとリフォームを始める予定です。
世帯密着型で顧客が高齢化する新聞販売店から「顧客の布団を洗ってあげたい」という問合せがあり、うちがノウハウを教えてあげることに。売上が大幅減している新聞業界を助けたい気持ちもあったので力になりました。
― 貴社としての利益は少ない取り組みかと思うのですが。
自分でビジネスモデルを作って、自分でリスクを取ると失敗した時に影響が大きくなる。
我々のような“絶滅危惧種”だからこそ問屋のノウハウを異業種に教えるだけで人の役に立てるし、うちとしては低リスク・低リターンで取次店を広げていくイメージです。
その中で寝具のチラシを置かせてもらって、一つでも売れれば儲けになる。
20年前だったらハイリスク・ハイリターンのビジネスモデルで挑戦していたけれど、今はこれがベスト。
― 今までを振り返って大きく方向転換したのはいつ頃でしょうか。
「体に良いものしか売らない」という信念で15年くらい前に化繊の商品を売るのをやめました。
新しいことをやる勇気より、やめる勇気の方がしんどかったですよ。
その頃は年間4,000万円ぐらいまで売上が落ちました。
― どのように売上を回復されたんでしょうか。
ヒノキのベッドの開発に集中しました。
面積の80%が森林の岐阜県だからこそ東濃ヒノキで作ろうと取り組み始めたんですが、「ヒノキはコストが高いし曲がるし、やめときな」とほとんどの人に止められました。
そこから約2年後に加子母森林組合に出会い、現物を作ってもらえました。
さらにお客様から「ヒノキのベッドを使いたいけど、10万円以内だったら年金で買える」と言われたのがきっかけで生まれたのは、ヒノキが香るアロマベッド「カオリちゃん」です。
― 香りや木の手触りが好評なカオリちゃん。10万円で販売できる理由は?
原価で一番高いのは流通費。
伸縮自在なシートベルトの材料を使って床板を止めることで梱包サイズを最小にし、コストカットが可能になりました。美濃加茂市のふるさと納税の返礼品となり、都内のタワーマンションに暮らすような世帯にヒットしています。新宿のBEAMS JAPANでも日本の銘品として展示されていますし、今後もっと知られていくはずです。
― 最後にOHACO読者に向けてのメッセージをお願します。
自分の業界で、いくら努力しても先が見えてこなければ異業種とのコラボが大事です。
あとは、中小企業の経営者は孤独になるから、酒を飲みながら、くだらないことを話せる友だちの存在が必要。
アイデアを出しあえて助け合える友だちは、業界の中にいると見えない部分を外の業界から見せてくれる側面もある。
― 経営者は一人で抱え込んでしまう側面もありますよね。
もし目の前に悩んでいる10年前の自分がいたら「大丈夫だから」と声を掛けたくなりませんか。
逆に「これをやっていたらダメになるぞ」と言いたくなることもある。
仲間の中には、10年前の自分のような存在がいてアドバイスを与えられたり、逆に貰えたりする。孤独にならない方法を探すのが大事です。
【今回の取材先】
有限会社 夢幸望
所在地:岐阜県美濃加茂市牧野緑ヶ丘1932-74
創業:1996年
従業員数:5名(2021年11月現在)
年商:7,000万円
URL:https://www.yumekobo.net/
編集者・ライター
ビジネスメディア『OHACO』の特集企画・取材を担当。アパレルデザイナーという異業種からライター・編集者に転身。得意なジャンルは、企業取材、環境活動・SDGs、ファッション産業など